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フランスの180年近く歴史のあるラグジュアリーブランドHERMES(エルメス)は、時代を超えて人々を魅了し続けてきました。素晴らしい技術やデザインを持っていても、その魅力を消費者が時代を超えて感じ続けることは難しく、200年近くの歴史がある企業やブランドは世界でもほんの一握りです。特にHERMESのように職人の一族で作り上げてきたファミリーブランドは、規模を拡大できなかったり、買収されて自分たちのアイデンティティを失ったり、長い歴史の中で継続できなくなってしまうケースがほとんどです。そんな中、なぜエルメスは180年以上もラグジュアリーブランドとして愛され続けてきたのでしょうか。それは時代を超えても変わることのない価値を持つ職人の技が、HERMESという価値を作り続けているからに他なりません。そこで今回は、HERMESが歩んできた歴史、その中で生まれた職人の技術、そしてその職人技が果たしてきた役割をご紹介していきます。
HERMESの始まりというのは、1837年にまで遡ります。この時代では、唯一の交通手段として馬が用いられていました。そして創業者のティエリー・エルメスは、馬の鞍とハーネス職人として、パリのランパール通りに工房をかまえHERMESというブランドがスタートしたのです。ティエリーの作る馬具は機能性も高く、とてもオシャレで「HERMESの鞍をつける馬は持ち主よりもお洒落だ」と揶揄されるほど人気を博していったのです。 また、皇室や万国博覧会という権威に認められたことで、最高峰のイメージや職人の高い技術力による品質の高さ、クラフトマンシップによる希少性といった現在のHERMESに近いイメージを刻んでいきます。しかし、順風満帆にみえたHERMESですが、時代の流れ、科学の発達がHERMESを苦境に追い詰めていきます。それが自動車の登場です。こうした自動車の台頭によってHERMESだけではなく、馬具工房そのものが存亡の危機に貧してしまうのです。
3代目エミール・モーリス・エルメスは、馬具製造で培ったHERMESのエスプリを残しながらも、大きくファション分野へと参入していきました。 ファッション業界への進出においても、職人の高い技術による品質の高さや手作業による希少性、そこから生み出される最高級のイメージは損なわないように、馬具特有の技術を使って丁寧なモノづくりを行い、オリジナリティ溢れるHERMESのスタイルを確立します。こうして生み出されたバッグや財布、ベルトなどの革製品はコットン主体だった女性のファッション文化に革命をもたらしたのです。
1929年の世界恐慌と、その後に始まった第2次世界大戦の中の窮地においてもHERMESは、スカーフと香水という新しい分野に参入することで乗り切っていきます。最高級というHERMESのブランドイメージはそのままに、手頃な価格で買うことの出来るスカーフや香水というのは不況を乗り切るためのマストアイテムであり、その後のHERMESのブランドの象徴となっていきます。 また、現在のHERMESの顔となっているオレンジの包装紙ですが、これもこの時代に採用されたもので、戦時中に使えずに余ったオレンジの紙を使ったところ、思わぬインパクトがあり、そのまま現在まで継続されています。
HERMESを今の姿にした名経営者として有名なのが、5代目となるジャン・ルイ・デュマ・エルメスです。これまでの歴史を見てみると、HERMESは順調にブランドとして地位を確立してきているように見えます。しかし、実のところはデュマが就任するまでのHERMESというのは、どこか古い過去のブランドという印象を若者たちから抱かれていたのです。その中で行った改革の一つが広告です。広告部門のトップにフランソワーズ・アロンを起用しました。彼女は、これまでの伝統を踏みにじるかのような広告戦略に出ました。インパクトを与えるような広告を打ち続けることで、若者の中に興味と関心を植え付けていったのです。そしてもう一つの大きなポイントは、手頃な価格のテーブルウェアのような新製品の投入です。HERMESの持つ高級感や品質の高さといったイメージを損なうことなく、徹底したイメージ戦略をとり、親しみやすいブランドという印象を与えました。 こうしてHERMESというブランドは原点となるブランドイメージと高い独自性を保持しつつも、世界展開に大きく成功し、現在のラグジュアリーブランドとしての地位を確立したのです。
(参考:HERMES, エルメス、1837年から続く「現代のアルチザン」, https://www.hermes.com/jp/ja/story/272453-contemporary-artisans-since-1837/)
HERMESの製品(作品)の作り方でとても特徴的なのが、一人の職人が最初から最後までのその工程のすべてを一人で行うというところです。バーキンやケリーのような人気のバッグというのは、どんなに優秀な職人が作っても完成までに20時間程度かかると言われています。一人の職人が一つのモノを作ることによって、その作品に愛情が注ぎ込まれ、一点ものに近いこだわりを持って作られた作品となるのです。また、こうして一人の手によって手作業で作り上げられているのは、人気のバーキンやケリーだけではなく、様々な製品に対してこうした一人で完成させるプロセスが使われているのです。この利点は、職人の技術の幅を広げたり、新しい知識を常にインプットできたりすることで職人の技術力の維持、向上にもつながっています。
HERMESのコレクションは、基本的にワンシーズンや数シーズン程度で終わってしまうような短期的なサイクルの流行を考えていません。そのため、 HERMESのロゴが大きく目立つように付けられた商品というのは殆ど存在しません。高度な職人技と控えめな主張によって、さりげなくHERMESだと認識してもらえるようになっています。HERMESではブランドというよりもシグニチャーという言葉を用い、自分たちが行った素晴らしい仕事に対する成果として、そこに名前(ブランド)を刻みこむことができるという考え方です。 この名前を刻みこむというのは、職人にとってとても名誉なことだと考えられていて、自分の作った作品が世界のどこかを旅して、誰かの手によって使われる、それが職人としての誇りなのです。
HERMESでは新しい商品を開発するときには、デザイナー、職人、販売担当が一堂に介し、技術とデザインとお客様の声を鑑みながらモノ作りを考えます。こういった体制というのは一般的ではありますが、なかなかうまくいきません。なぜなら縦割り組織の中で職人とデザイナーとの仲が悪かったり、売れないことをお互いの責任にしてしまったりとなかなか円滑なコラボレーションが図られないからです。 しかし、HERMESではこの関係がとてもうまくいっています。職人がよいと思うものを作り、その結果としてのお客様の声を販売担当者から聞き、それを真摯に受け止め新しい製品に反映させるということを繰り返し続けてきたからです。それぞれの立場の関係者がお互いを尊重し、お客様のことを考え、できるだけ近い目線でモノづくりを考えるというHERMESの哲学が表れているのです
(参考:High Brands.com, HERMES, https://high-brands.com/highbrand-brand.php?id=2&stid=10)
1837年に馬具工房として誕生したHERMESは、現在も変わらず鞍の製作・販売を行っています。「美しい鞍づくり」は、まさにHERMESのルーツと言っても過言ではありません。丁寧に手縫いされた鞍からくる機能性、耐久性、究極の機能美と言うものづくりは、全ての製品に受け継がれています。また、鞍づくりの技法の中でサドルステッチという、2本の針で表裏から刺し糸が交差するように革を縫い合わせる“極めて強度の高い縫い方”は、バッグづくりにも受け継がれています。これにより、長年の使用に耐えうるバッグが完成するのです。
宝石を土台となる金属に固定するのが、石留め職人です。石を置く箇所に空けられた穴に、土台の金属の個性や石ひとつひとつの個性を見極めて、セッティングします。石をどのように留めるかというと、「エショップ」と呼ばれるステンレススティール製の針でゴールドのグレイン(爪)を持ち上げ、石をはめたあと、グレインを上に被せるように折り返して固定していきます。馬の頭部をアレンジしたHERMESのブレスレット「ギャロップ」には、約2500個ものダイヤが散りばめられています。しかし、1時間に留められる石の数は約10個程度であるため、完成までに約250時間という途方もない時間が必要になります。
様々なカラーで美しい物語を描くエルメスのスカーフは、今でも1枚1枚、人が手作業でプリントするシルクスクリーン技法で作られています。しかし色をつけるまでには、グラフィックデザイナーと製版職人の仕事が欠かせません。グラフィックデザイナーは、エルメスのスカーフの手書きの原画をデジタル化し、製版職人がシルクスクリーンの型を作るために色ごとに分けていきます。30色で構成されたデザインには、30枚のシルクスクリーンフレームが必要になります。シルクスクリーン職人は、スカーフの生地である真っ白なシルクツイル地をプリント台に張ったあと、シルクスクリーンフレームをその上にのせます。メッシュにインクを流し込み、ゴム製のスクイージーで広げていき、1色ごとにフレームを差し替えながら、布に色を塗り重ね、プリントが終わったら乾かし、色止めをし、洗浄します。HERMESのスカーフの最後の仕上げを施すのは「縁かがり職人」です。スカーフの縁をくるりと巻き込み縫う“ルロタージュ”と呼ばれるフランス特有の技法を使って、全て手縫いでスカーフの4周に均一な針目が並ぶようにかがっていきます。正確なテクニックが要求される技法で、シルクツイル、カシミア、シルクモスリンなど、どんな素材でも早く正確に仕上げるためには、長い経験が必要だと言われています。
手描きされたデザインを、磁器に落とし込む役割を担う磁器絵付け職人。繊細なデザインを見て、どういう順番で焼くか考えるところから始まります。色をつけて焼いてはまた色をつけるという作業を繰り返し、大きな作品だと、制作期間は2か月ほどかかるといいます。焼き物は温度や釉によって、色の出方がまったく違うので、HERMESの磁器では、釉の色をそのまま単色で使用することはほとんどなく、混ぜ合わせては焼いてテストを繰り返し、配分を決定しています。細かな絵付け作業だけでなく、その前段階でも大変な手間と時間がかかっているのです。
(参照:Precious, 「エルメスの手しごと展」10人の職人と仕事の秘密, https://precious.jp/articles/-/575)
ここまでご紹介してきたように、HERMESの商品というのはすべて職人による手仕事で成り立っています。HERMESの商品価格はとても高いですが、HERMESの製品の価格というのはブランドイメージによって値段が釣り上げられているというわけではなく、あくまで職人のクラフトマンシップや使われる素材、かけられた時間など総合的に生み出される価値によって価格が設定されています。 例えば縫い方ひとつみても、HERMESの商品は他のブランド商品とは全く違うのです。エルメス伝統の馬具製造に使われていた技法で「クーズュ セリエ=サドルステッチ」というものがあります。まず使う麻糸にはあらかじめ蜜蝋がつけられ糸自体も強度を上げています。合わせた革に錐を使って穴を開け、2本の針を使って縛るように縫っていくのです。この手法を使うことで、糸の弛みから革がずれることもなく、1本の糸が切れても、もう1本の糸で留めてあるのでなかなかほつれません。こうした難しい技術も職人の手によって、まるで機械で行うかのように正確に実現しているのです。こうしたモノづくりの根幹の職人技術がHERMESの価値となり、それに見合った価格になっているのです。
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