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ラグジュアリーブランドの魅力|ALEXANDER McQUEEN’モード界の華麗なる異端児’と呼ばれたファッションデザイナー(アレキサンダー・マックイーン)

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40歳の若さで自ら命を絶った’モード界の華麗なる異端児’と呼ばれた天才デザイナー、アレキサンダー・マックイーン。彼が生前に発表したピュアで過激なエネルギーに満ちたファッションショーは、当時の旧態然としたファッション界を震撼させました。そこで今回は、デザイナー、アレキサンダー・マックイーンについて、そして彼の遺した伝説のコレクションについてみていきます。

異端児と呼ばれた天才デザイナー、アレキサンダー・マックイーンとは?

ファッションに魅了された少年時代|ALEXANDER McQUEEN(アレキサンダー・マックイーン)

アレキサンダー・マックイーン(本名:リー・アレキサンダー・マックイーン)は、1969年に6人兄弟の末っ子としてイーストロンドンに生まれました。階級社会が根深いイギリスにおいて、典型的な労働者階級で育っています。学校にいる間はずっと絵をかいていました。もともと3歳の頃から絵を描き始め、12歳の頃からファッション関連の本を読み、他のデザイナーがどのようなキャリアを辿ってきたのかを理解し、自身もデザイナーになると心に決めたのです。 

イギリスの伝統的な紳士服の仕立て屋が並ぶサヴィルロウで学んだ洋服作り|ALEXANDER McQUEEN(アレキサンダー・マックイーン)

16歳で学校を卒業した後は、地元のパブで小遣い稼ぎをしていましたが、長くは続かずたまたまテレビで、伝統的な紳士服の仕立て屋が並ぶサヴィルロウが、後継者不足というのを見て、すぐに行動を起こしたのです。洋服の作り方を1から学ぶという目的をもってサヴィルロウのアンダーソン&シェパードの門をたたき、2年の修業の後、ギーブス&ホークスへと移りました。アンダーソンではズボンの作り方、そしてギーブスではジャケットの作り方を学び、イギリスの伝統的な仕立ての技術を習得したのです。 

才能を世に見せつけたファッションの名門校での卒業コレクション|ALEXANDER McQUEEN(アレキサンダー・マックイーン)

その後、彼は名門セントラル・セント・マーチンズの門をくぐることになるのですが、生徒ではなく講師としてでした。講師としての仕事はパターンカッティングを教えることでした。 そして講師としてセントラル・セント・マーチンズにいる間、同時に大学院課程を修了し、その卒業コレクションがVOGUE(ヴォーグ)のファッション・エディターだったイザベラ・ブロウの目に留まり、5000ドルという破格の値段ですべてのコレクションを買い付けたのです。 イザベラ・ブロウは、イギリス版ヴォーグでこの買い付けた服を身に着け紙面を飾ったのですが、これは異例中の異例でまだ学校を卒業したばかりのデビューすらしていないデザイナーが、ヴォーグに掲載されたことで大きな注目を集めました。

「イギリスファッション界の救世主」と称されたブランド、アレキサンダー・マックイーンのスタート|ALEXANDER McQUEEN(アレキサンダー・マックイーン)

1992年に、ついにアレキサンダー・マックイーンがブランドとしてスタートしました。マックイーンの創る服というのは創造性に溢れ、シャープ・テーラリングによる高い技術が合わさることにより「イギリスファッション界の救世主」と賞賛されたのです。 その後、27歳という若さでジバンシィのチーフデザイナーに抜擢されましたが、1996年にジバンシィのデザイナーから退きます。2000年に、グッチ・グループによるアレキサンダー・マックイーン株が買収されたことを機に、自身のクリエイティブにより専念することができるようになり、その才能をさらに開花させていきます。2003年にはアメリカのCFDAからもインター・ナショナル・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、さらにファッション業界への貢献が称えられ大英帝国3等勲爵士(CBE)を授かり、活躍の幅を広げていきました。

突然の終焉|ALEXANDER McQUEEN(アレキサンダー・マックイーン)

2010年2月10日、衝撃的なニュースがファッション業界に駆け巡りました。40歳の若さにしてアレキサンダー・マックイーンが自殺により、この世を去ったのです。 イギリスの階級社会の中で、幼い頃からファッションデザイナーで成功することを想像し、それを自身の行動力と才能によって開花させ、賛否両論、様々な議論を巻き起こしながらも天才として歴史に名を残したデザイナー。ファッションを通して自身を表現し続けた彼のスタイルは、簡単に理解できるとは言い難いことも多いのですが、それでもイギリス、そして世界のファッション界に与えた影響というのは計り知れないものとなりました。 

(参照:INSIDER, The life and rise of legendary designer Alexander McQueen, DOMINIC-MADORI DAVIS, Mar 18,2020, https://www.businessinsider.com/alexander-mcqueen-legendary-fashion-designer-life-career?r=US&IR=T)

アレキサンダー

伝説を遺したアレキサンダー・マックイーンのコレクション

1993年:虐げられる女性を描いた“タクシードライバー”

1993年秋に発表された“タクシードライバー”は、卒業後初めてのコレクションでマーティン・スコセッシ監督作『タクシードライバー』(1976)をモチーフにした、タクシー運転手の父親へのオマージュでした。当時、失業手当でなんとか生きていたマックイーンは、サランラップやラテックスなどの安くて変わった素材を使い、後に“バムスター”と呼ばれるローライズパンツも登場し、間もなくほかのデザイナーたちも続々とローライズパンツを発表し、90年代の大流行のきっかけとなりました。

1995年:搾取される女性<性>を表現した“ハイランド・レイプ”

マックイーンを一躍有名にした5回目のコレクション“ハイランド・レイプ”。自身の祖先がスコットランド人であったことから着想を得ました。驚いたことに、ランウェイに登場したモデルたちは、引き裂かれたレースやタータンの服をまとい、ふらふらと歩いていました。これを見たファッションプレス達から、“暴力的”、“マックイーンは女性を嫌悪している”と大バッシングが起こりました。しかしマックイーンは、これはスコットランドがイングランドに侵略され、蹂躙され続けてきた歴史を表現したものであり、女性を被害者ではなく強い存在として見せたかったと説明しました。

1998年: “ザ・ゴールデン・シャワー”

1998年の「ゴールデンシャワー」と名付けられたコレクションは、スポンサーのアメリカン・エクスプレスから要請によって「Untitled(無題)」に変更されました。ショーの演出としてランウェイを歩くモデルの上から水を降らせ、金色のスポットライトで輝かせるという当初のタイトル通りの演出はそのまま行い、大きな話題を呼びました。 

1999年: 既存の美しさの概念への疑問を提示した“No.13”

1999年に行われた「No.13」では義足のモデル、エイミー・マランスがランウェイを歩くというセンセーショナルな内容でしたが、話題を集めるための演出ではなく社会的弱者に寄り添い、何が美しく、そして美しくないのかという社会の固定観念自体を批判していたのです。そして、フィナーレには真っ白なドレスをまとったスーパーモデルのシャローム・ハーロウに2体のロボットがスプレーペイントをするというファッション史にも残るほどのショーとなりました。 

(参照:UK VOGUE, 11 Years On: Remembering Alexander McQueen’s Most Fantastical Catwalk Moments, RADHIKA SETH, 11 Feb 2021, https://www.vogue.co.uk/gallery/best-alexander-mcqueen-runway-shows)

ALEXANDER McQUEEN

アレキサンダー・マックイーンの亡き後のブランド成長

2010年にアレキサンダー・マックイーンが自殺によりこの世を去りました。そして、しばらくはデザイナー不在でブランドを存続させるというのが、グッチ・グループのCEOロバート・ポレットによって発表されましたが、3か月後にはアレキサンダーの右腕として14年もの間支え続けてきたサラ・バートンがクリエイティブ・ディレクターに就任したのです。 天才と称されたアレキサンダー・マックイーンの後任を任されたサラ・バートンは、ファッション業界ではほとんど無名の存在でしたが、2011年にウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式のウェディングドレスをデザインするという大役を全うし、一躍スターダムに躍り出たのです。 実際のところサラ・バートンの活躍とグッチ・グループの後押しによってアレキサンダー時代以上にブランドは成長をしています。 現在では、ウェアだけではなく、バッグなどのレザーグッズなども人気が出ており、日本を含めた世界への店舗展開も加速しており、よりアレキサンダー・マックイーンに触れる機会は増えています。 

(参照: VOGUE ITALY, Alexander McQueen, intervista a Sarah Burton: «una donna non ha bisogno di vestirsi come un uomo per sentirsi più forte», STEFY YOTKA, 18 Giugno 2019, https://www.vogue.it/moda/article/alexander-mcqueen-intervista-sarah-burton)

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