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ラグジュアリーブランドの魅力|MANOLO BLAHNIK靴をこよなく愛す紳士が手掛ける靴(マノロ・ブラニク)

MANOLO BLAHNIK

MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)は自身の書籍インタビューで、「私の靴はファッションではない。ジェスチャーだ。 」というコメントを残しています。王室からハリウッドまで、これだけ世界中の女性に愛されるのは、マノロ・ブラニク本人が語るように、彼の靴がまるで女性の美しい所作を表現したようにエレガントであり、それでいて履きやすさ、歩きやすさも考えられているからなのです。今回は魅惑の靴を生み出すマノロ・ブラニクについて、そして彼の手がける靴の秘密に迫ります。

(参照:MANOLO BLAHNIK, The man, https://www.manoloblahnik.com/eu/the-man/)

靴デザイナーMANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

スペインの孤島でトカゲに靴を作った少年時代|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

マノロ・ブラニクは1943年生まれ、バナナ農園を経営するチェコスロバキア人の父とスペイン人の母のもとに生まれ、カナリア諸島のサンタ・クルス・デ・ラ・パルマで育ちました。マノロ・ブラニクの少年時代はカナリア諸島での生活であったため、そこはテレビすらない生活でした。そんな自然の中で、何時間もかけて捕まえたとかげのために小さな靴を作って遊ぶ少年時代を過ごしました。

ファッションの世界への探求|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

しかし、カナリア諸島での生活に息子の将来を心配した両親は、ブラニクをジュネーブ大学に入学させました。大学では法律や文学を学ぶことになったブラニクでしたが、自分には向いていないということに気づきました。 そして休暇中に訪れたフランスで、60年代のパリに一目惚れしたブラニクは、パリに渡りブティックで働き始めます。まだまだ好奇心旺盛だったブラニクは、新たな刺激を求めてロンドンに移り、そこでショップオーナーだったジョーン・バ-スタインのもとで広報とバイヤーの仕事を行い、ファッション業界へと足を踏み入れていったのです。 

靴のデザインを始めるきっかけを作ったVOGUE編集長との出会い|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

その後、旅行先のNYで、友人であり、あの有名なアーティスト、ピカソの孫娘であるパロマ・ピカソから、アメリカ版ヴォーグの編集長であったダイアナ・ヴリーランドを紹介されます。 当時舞台デザイナーになりたいと思っていたブラニクですが、彼のスケッチと彼が履いていた靴のセンスを見たヴリーランドは、”足に面白い小さなもの”を作ることに専念したほうがいい、と彼に靴のデザイナーになることを勧め、ブラニクはそのアドバイスに従い靴のデザインを始めました。

コレクションデビューからの華麗なる受賞歴|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

ダイアナ・ヴリーランドからの後押しをもらったブラニクは、翌年にはロンドンの工場を訪問し、技術者たちから靴作りの工程を学びました。そしてイギリスで一番有名だったシューズデザイナーのオジー・クラークのコレクションにブラニクの靴が採用され、センセーショナルなデビューを飾ったのです。 さらにファッションチェーン店の「ダミス」から靴の制作を依頼され、1972年にはついにコレクションでデビューを果たし、ブランド「マノロ・ブラニク」を立ち上げたのです。翌年の73年にはチェルシーにフラッグシップ店をオープンし、順風満帆な出発となりました。 1987年、1990年、1998年には、ファッション界のオスカーとも呼ばれ、ファッション業界に多大な貢献をしたデザイナーに贈られる、CFDAファッションアワードを受賞しました。2005年には映画「マリーアントワネット」の靴デザインで、アカデミー賞最優秀衣装賞を受賞。2011年にはアメリカのFootwear News Lifetime Achievement Award、2012年にはイギリスのファッション評議会の優秀功績賞、そしてスペインの全国ファッションデザイン賞が授与されたのです。 マノロ・ブラニクは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでファッション業界にその名を刻み込んでいきました。 

(参照:WHO WHAT WEAR, A COMPLETE HISTORY OF MANOLO BLAHNIK, KRISTEN NICHOLS, OCT 18, 2017, https://www.whowhatwear.co.uk/history-of-manolo-blahnik/slide4)

マノロ

MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)の靴の魅力

世界で最も美しく、危険な靴|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

マノロ・ブラニクの作る靴はとても繊細です。基本的にはミニマルに研ぎすませていくスタイルなので、要らないものを次々と削っていく、残るのは本当に必要な部分だけ。そうすると必然的に履きこなすのは難しくなってきます。美しさを追求するとほとんどが無に近いものになってしまうからです。 実際、ブラニクの靴を履いてコレクションに出るモデルたちは毎回命がけです。特にコレクション用の靴は、ステージ上での美しさを極限まで追求するために、ヒールの高さやデザインを実際に商品として売られる靴よりも強調させていることが多いため、あまりにも尖ったヒール、浅い踵ではふとした瞬間によろめき、靴が脱げてしまいます。それを防ぐために、両面テープで足の裏と靴を固定することもあります。 「世界で最も美しく、それでいて世界で最も危険な靴」、それがマノロ・ブラニクの靴なのかもしれません。しかし、だからこそ人はマノロ・ブラニクの靴に憧れを抱くのです。 大量生産の時代にあっても、マノロ・ブラニクは年2回のコレクションで発表する靴型を未だに自ら作っています。さらに手の込んだ靴を作るときには、200年以上の伝統技術を継承する彼の信頼する職人達が作り続けています。もちろん手作業は機械に比べると大幅に時間がかかりますし、大量に作ることはできません。 1日に100足にも満たないような生産能力しかないのです。これだけ手間ひまかけて作られた靴は、履いた人の足にピタリと沿い、長く、そして細い最高の脚線美を生み出してくれるのです。 

世界的ドラマ、映画を通して広がったその魅力|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

世界中の女性達に一大ブームを引き起こしたアメリカのテレビドラマシリーズ、「SATC」こと『セックス・アンド・ザ・シティ』。 恋愛コラムニストの主人公、キャリー・ブラッドショーが愛したのがマノロ・ブラニクの靴。それまでは、セレブや上流階級のための靴という、限られた人だけが知る高級ブランドだったのが、「SATC」の人気とともに一気に知名度は上がり、ファッション界を代表するシューズブランドになりました。そしてマノロ・ブラニクの名前を一躍有名にした映画が、キルスティン・ダンスト主演による若きマリー・アントワネットの豪華な宮廷生活を描いた『マリー・アントワネット』。美しくゴージャスなヴェルサイユ宮殿とマリー・アントワネットのマカロンカラーの豪華なドレスやヘアスタイルが夢見るように美しい映像が印象的です。 そして何と言っても靴好きのマリー・アントワネットの足元を飾るのは、マノロ・ブラニクのマカロン色の美しく可愛らしい靴達です。その色といい可愛らしいデザインといい、まるでお菓子のようで、18世紀のロココ様式の雰囲気を現代的に見事にアレンジしたマノロ・ブラニクの魅力的な靴を見ることができます。

(参照:LOVE TO KNOW Manolo Blahnik, Liz Gessner, https://fashion-history.lovetoknow.com/fashion-clothing-industry/fashion-designers/manolo-blahnik)

アパレル転職

MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)の靴へのこだわり

<小見出し H4>極限まで削られた細身のヒール|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

驚くことに、ブラニクは靴作りを学校などで正式に学んだことはありません。靴の製作工房を訪ね、靴職人や技術者と話をすることによって靴作りについて学んでいったのです。そんな彼が最もこだわりをもっているが、靴のフォルムを大きく左右するヒールです。厚底と太いチャンキー・ヒールが流行った1970年代に、細いスティレット・ヒールを提唱したマノロ・ブラニク。ウェッジヒールを嫌い、細いヒールこそが女性の魅力を最大限に引き出せると信じているのです。

靴に込められた愛情|MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク)

マノロ・ブラニクは、自分の作る靴に愛情を込めて製作するのだと語っています。ただ単に靴のデザインをするのではなく、靴の木型を自分で削り自ら手作業で靴を仕上げているのです。大量生産化が始まった時、ブラニクは実際に全ての工程を自身の目でチェックし、オリジナルのデザインと全く同じに作られているか確かめました。 そして自分が今までにデザインした25,000足にも及ぶ靴を、全て自宅のガラス戸棚に入れて年代順に飾ってあるそうです。そのことからも、彼の自らが生み出した靴に対する愛情を垣間見ることができます。

(参照:CR, THE ENDURING MAGIC OF MANOLO BLAHNIK, ELYSSA GOODMAN, NOV 27, 2019, https://www.crfashionbook.com/fashion/g29993094/manolo-blahnik-shoe-designer-history/)

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